「憲法改正反対!」

 明治150年を記念する動きがあります。黒船の出現に驚き、尊王攘夷や勤皇佐幕に揺れて、「大政奉還」して身分まで失って必死に「明治新政府」を立ち上げた明治時代。それをきっかけに日本は大きく発展しました。しかし今のアメリカを見ても、ロシアを見ても、中国を見ても「軍隊の統帥権」は国会にあるのではなく、大統領や国家主席のもとにあるのであって、帝国陸海軍も天皇のもとにあったことは「悪」ではありません。唯、日清、日露、第一次大戦を戦って大きな成果を上げ、版図を千、樺太、台湾、膨湖島、朝鮮、満州南洋諸島に拡大したことが、「軍の発言力」を強め「軍閥政治」に振り回されたことが間違いであったと思います。しかし、「敗戦」の結果、日本の国の在り方が「軍閥政治」から「アメリカ隷従政治」に国体が作り替えられてしまったことは、大きな誤りではなかったかと思います。

 世界中の典型的な姿勢が、アメリカの「アメリカ・ファースト」であり、中国の「一帯一路」であり、イギリスの「EU離脱}であり、「誰かが引いた路線に従っていく」と言う日本の「右顧左眄」する生き方ではありません。ご存知のように日本も「明治維新」や「大東亜戦争敗戦後」には「従前の体制を完璧なまでに『ゼロクリアー』して、一から作り直したからこそ、大きな発展を遂げることが出来ました。国民は力を合わせて必死に頑張ったのです。翻って現在を見つめなおしてみてください。「郵政民営化」も「大阪都構想」もマイナーチェンジに過ぎず、「換骨脱胎」して生まれ変わったというのではなく、看板を挿げ替えたり、人を入れ替えてみただけで、そこにいる人たちは「言葉遊び」に明け暮れて、「生みの苦しみ」を味わっているわけではありません。明治維新にしろ、大東亜戦争にしろ多くの人の犠牲があって初めて日本は生まれ変わったのです。

 日本人は大東亜戦争でどれだけの犠牲者を出しましたか?ドイツはいかがでしたか?

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%AC%A1%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%A4%A7%E6%88%A6%E3%81%AE%E7%8A%A0%E7%89%B2%E8%80%85

 ドイツは第一次大戦でも敗戦して二度目の敗戦でした。それでも人口の8.0〜10.5%を失っています。日本はその半分以下3.67〜4.37%と言われています。たぶんそれに近い犠牲ではなかったかと思います。と言うのもアメリカ兵の戦死者が対独戦では251,198人、対日戦では165,639人で合計426,837人に及びます。ドイツはこれ以外にイギリスやフランス、ソ連の兵隊とも戦っていたのですから、四面楚歌の中で本当によく戦ったと思います。それでも廃墟の中から今日の繁栄を築き上げています。それに比べれば、日本はもっと頑張れるのではないか?

 https://cellohoushi.blogspot.jp/2013/06/blog-post_5737.html

折から、天皇陛下の譲位によって新しい元号が始まろうとしています。初めの30年は「戦乱の時代」後の30年は「高度成長の時代」であった「昭和」。次の30年はマンネリで滑空していた「平成」、そしてここから再びエンジン全開にして駆け上がる「新元号」の時代が始まろうとしています。その時にどうして70年も前の「古着」を仕立て直して、新しい時代に使おうとするのか?日本人のやる気のなさが丸見えで我慢がなりません。

 明治時代の財閥に「古河鉱業」と言う名門企業がありました。日本がいよいよ発展するというときにその動力源として「電気」を本格的に活用しようと、ドイツの「ジーメンス」と合弁で、古河の「フ」、ジーメンスの「ジ」を組み合わせて「富士電機」を作り動力モーターを生産、今では冷凍機の名門メーカーになっています。次に新しい通信の時代が始まって電話機を作り始めましたがその部門が大きくなって「富士通信機」が生まれました。さらに独自の開発技術でコンピューターに進出し今では日本を代表する「富士通」に生まれ変えありました。企業でさえも明治150年の間に、これだけ進化して、元の姿が想像できないぐらいに発展するものなのです。まして国家なんて「古い上着を脱ぎ捨てて、新しい活力のある生き方ができる服」が必要なんです。

 憲法は「こんな国でありたい」と言う枠組みを描く大事なものですが、戦後新生日本をアメリカが統治しやすく作り変える道具として国際法が許さない戦勝国が決めた枠組みであり、日本人が自ら理想とした国の在り方ではありません。しかも、日本はその後70年間も育ってきて大人から老人の体形に代わって「解釈」と言う誤魔化しで「憲法違反」を繰り返し、使いずらいまま、まだ「一部修正」でごまかそうとしています。どうして「生まれ変わる新しい日本」の新しい時代にふさわしい「新憲法」を作ろうと言わないのか?世界のどこにもない新しい世界に誇れる憲法を作って見せたらどうか?「憲法改正」ではなく、「新憲法制定」こそが70年も使い古した「ポンコツ憲法」から脱却して、真の意味での「戦後レジームからの脱却」になるのではないか? せっかくの機会ですから、中途半端な「改正」ではなく、「新憲法」を掲げて新しい日本を作ることに挑戦しませんか?